五輪招致のロゴマーク。1988年大会の名古屋、2008年大会の大阪に続き日本スポーツ界の悲願はまたも叶わなかった

 夢は幻に終わった――。 2016年東京五輪の招致失敗。招致の意義に関して議論が巻き起こったが、それ以前に国民の盛り上がり不足が早くから指摘されていた。これは近年の学生スポーツ界で叫ばれ続けていることと一致している。落選から1カ月。五輪招致失敗を他人事としてではなく、学生スポーツ界の関係者の一人としての視点で捉え、浮かび上がった課題について考えてみた。

『予想通り』の落選

 10月2日、招致レースで本命・リオデジャネイロに次ぐ2番手につけているとみられていたシカゴの落選決定から10分もしないうちに行われた2回目の投票。東京は20票でリオデジャネイロ、マドリードに及ばず最下位となり、2016年の五輪招致は叶わなかった。
 東京の招致活動は2006年4月にスタートし、以降、1964年以来52年ぶりとなる夏季五輪開催を目指してきた。同年8月に福岡市に勝利し、国内立候補都市に決定すると、2008年6月に行われたIOC(国際オリンピック委員会)による立候補都市絞り込みでは、最も高い評価で他の3都市とともに選出された(この段階で、チェコのプラハ、アゼルバイジャンのバクー、カタールのドーハが落選)。『世界一コンパクトな、環境にやさしいオリンピック』を掲げて世界に向けてアピールを続けたが、最終的には『南米大陸での五輪初開催』という非常に明快な意義を掲げたリオデジャネイロに完敗した。

【2016年夏季五輪開催地投票結果】
(1回目) リオデジャネイロ 28  マドリード 26 東京 22 シカゴ 20
(2回目) リオデジャネイロ 46  マドリード 29 東京 20
(3回目) リオデジャネイロ 66  マドリード 32

完全なアピール不足

 招致失敗の要因については多くの意見があるが、特にも、①決定打となるアピールポイントの欠如、②招致表明以降、最後まで盛り上がらなかった国内世論の2点が強く言われている。
 ①のアピール不足は招致活動全体での問題であり、「なぜこのタイミングで東京なのか?」という声にはっきりとした答えを出せなかったことが大きい。また、投票の数時間前に行われた最終プレゼンテーションでも大物登場というサプライズや知名度の高い選手たちの投入も行われなかったことに疑問の声が上がっている(リオデジャネイロはサッカーの王様・ペレ、マドリードはレアル・マドリードのラウル主将、シカゴはアメリカで生活している、ルーマニアの「白い妖精」・コマネチが最後のアピールに駆け付けていた)。この最終プレゼン終了後、東京の招致メンバーである女性五輪メダリストが涙を流している映像が何度かテレビで放送された。この涙は招致に関する活動が無事に終了したという安堵から来るものだったと思われるが、私はこの映像を見て「負け」を確信した。仮にも元アスリートが結果の出る前から安心してはただの発表会になってしまう。リオデジャネイロの招致団にあって、東京の招致団になかったものは本気で五輪を呼ぶという気迫だったのではないだろうか。

上がらなかった世論の支持率
 
 ②の国内世論の問題は当初から言われ続け、IOCにも指摘された東京の最大のネックだった。招致団の独自調査によると最終的には70~80%が支持していたということだったが、IOCの調査だとせいぜい60%強だったとも言われている。これはリオデジャネイロやマドリードとは20%も開いている。私の周の人間だと支持しているのは30%くらいだった。「今さら別に必要ない」「税金の無駄遣い」「どうでもいい」…そんな声ばかりを直接耳にした。東京都内には競技場などを中心にのぼりなどは見かけたが、学生以外の人でも、とても盛り上がっているようには見えなかった。はっきり言って一部のスポーツ・オリンピック好きを除けば「冷めている」というのが私の実感だった。かくいう私も五輪開催を望む東京のスポーツに関わる学生でありながら、この「青山スポーツ」の活動などを通して積極的に関わりを持たなかったことを今さらながら後悔している。

学生スポーツとの関連性

 この招致失敗までの一連の流れを見て、私は学生スポーツ界の現状とリンクする部分が多いと感じた。アピール不足、注目度の低さ、盛り上がりのなさ。すべてが双方に言えることである。私は「青山スポーツ」活動を通して様々な競技の大会に足を運んできた。しかし、どの会場に行っても観客は選手の関係者と、部会のOB、競技関係者くらいのものである。これは1部の部会だろうと下部のカテゴリーの部会だろうと大きな差はない。神宮球場で行われいる東都大学野球リーグですら閑古鳥が鳴いている。未来のスター候補生が目の前でプレーしているにも関わらずだ。
 高校のスポーツではここまでひどい状況には陥っていない。野球なら春夏の甲子園、サッカーなら冬の国立、ラグビーなら花園、バスケやバレーなら代々木とテレビ中継のある大会も多い。一方、大学ではかろうじて斎藤(早大)というスターのいる東京六大学野球に注目が集まっているのみである。
 現在の学生スポーツへの注目の少なさは実際に大学にいると良く分かる。まず大抵の人は「つまらなそう」とか「興味がない」の一言で片づけてしまう。会場まで足を運ぶのがめんどくさいのである。選手に実際に話を聞くと「やっぱり、みんなにもっと見に来てほしい」という声は多い。選手と一般学生の思いにはズレが生じている。

青学大とスポーツのこれから

 ここからは青学大に絞った話になるが、学生のスポーツへの関心はかなり低いと言わざるを得ない。昨年度、陸上競技部が33年ぶりに箱根駅伝出場を決めた時も「箱根出るみたいだね」という反応しか返ってこなかった。青学大のイメージとして、スポーツに熱くなる、泥臭く練習を重ねるといったものが合わないというのも一要因だろう。しかし、選手たちの熱い気持ちの入ったプレーを見ればそんな考えは変わるはずだ。現役学生には一度会場に来てみてほしい。
 さらに学生がスポーツに興味を持って試合会場へと向かうようになれば、各部会の強化にもつながると私は考える。青学大のスポーツ推薦入学の枠は決して多い方ではない。この声は私はが取材で出会った多くの選手・指導者からの「現場の声」だ。そこで、学生が試合観戦に訪れるようになれば学校側もよりスポーツに力を入れるという方針を打ち出すかもしれない。そうすれば部会も強くなり、注目を浴びることで、優秀な選手を獲得できるという好循環が生まれる。私立大学である青学大ならなおさらだ。学校批判になってしまうかもしれないが、私が3年間の「青山スポーツ」での活動を通して一般の学生に訴えたかったのはまさにこの点なのである。愛校心を強制することはできない。であれば、私たちの活動を通して少しでも興味を持ってもらえれば。その思いで日々、取材を続けているのである。

 東京五輪招致団はオリンピックと国民の心をつなぐことができなかった。私は「青山スポーツ」が単なる結果報告の媒体ではなく、学生の心と体育会各部会の想いをつなぐ役割を果たすべき媒体であると思っているし、それができると信じている。五輪招致のロゴに採用されていた『水引』は「結び」をテーマに絆を表していた。「青山スポーツ」が絆を結ぶことができる日を夢見て、私はペンを走らせ、シャッターを押す。大好きなスポーツとそれに打ち込む選手たちのために。(文責・本紙編集長 長内寿彦)

※本文中における意見は私個人のものであり、「青山スポーツ」全体の意見ではありません

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