主務と選手。チームの主役に裏方という言い方もできるだろう。チームが結果を残しても主役はあくまでも選手。マネージャーである主務の働きが世間で認知されることはほとんどない。
だが、この両方を経験した選手がいる。岡崎隼也(国際政経4年)。2007年の関東学生対校選手権(以下、関カレ)800mで優勝した実績を持つ選手だ。
チームのために
「自分が主務になった方がチームのためになるのでは」。3年生の冬、新チーム結成時に主務のポジションについた。青学大の場合、チームの基本方針のなどは主将と主務で決めるという。主務はチームを運営していく上で、主将と同じような重要な役割を担っているのだ。
もともと入学してから左足の力が抜ける症状が出て走れない時期が続いていた。思うように伸びない10000mや5000mの記録。主務業はじめ、4年生に進級すると800mや1500mなどの中距離を中心とするようになり、長距離からは遠ざかっていった。そして、6月の日本学生個人選手権を最後に、競技者として引退することを決めた。
しかし、原晋監督から「もう少し考えてみたら」と引き止められた。「4年生として何ができるか」。このときもチームのことを考えた。「逃げで決意した」という以前とは違い、出した結論は「走って箱根に出ること」。ゼロから気持ちを切り換えた。
この決意をしてから8月までは主務業をしながら練習も他の選手と同じようにこなした。それでも夏合宿では「ガンガンチームを引っ張った」という。支える側の経験もしたことで、選手としてだけではなく、人間としての強さも手に入れた。
選手として
選手、主務とあらゆる面でチームの力になってきた岡崎。箱根出場を決めたときは「力が抜けた」と語ったように、ほっとした表情を見せた。昨年と同様、関東インカレポイントの争いの末の最下位での通過。14位の法大との差は、わずかに6秒だった。
だが、関東インカレポイントでの勝負になったことで「やってきたことが報われた」と強く実感することができた。今年度の関カレの800mで、岡崎は8位に入賞していた。そして「関カレの1ポイントがそれ(6秒)くらい。中距離をやっていてよかった」。自らが信じて歩いてきた道が間違ってはいなかったことが証明されたのだ。
「主務をしたことで最上級生としての自覚が生まれた」。チームに対する責任感は人一倍強い。大学卒業後は競技からはなれるため、今後は走る姿を見ることはできない。最初で最後の箱根路を「純粋に選手として」。『ランナー・岡崎』。夢路にその名を刻み込め。(雅)
◆岡崎隼也
(おかざき・じゅんや) 国際政経4年 86年9月28日生 広島県出身 沼田高卒
172cm 56kg B型
※取材は10月18日の予選会で行ったものです。


