2区・出岐雄大選手コメント
――大谷さんがゴールしたときの、気持ちは?
「本当は3位っていう目標が一年間あったんですけど、(5位は)納得できる結果だったんではないかなという気持ちでした。それと同時に、3位の難しさがわかりました。」

――襷を待っているときは、どういう気持ちでしたか?
「良い順位で来てくれると思ってましたし、どんな順位できても自分のところでしっかりチームの流れを作ろうと思っていました。」

――設定していた目標は?
「自分の中では無かったです。タイムとかの目標は立てたない方なので。」

――12位で襷を受けましたが、どういうレースを心がけましたか?
「何位くらいで襷をもらったか、あんまりわかってなかったんですけど、前に見えるチームだけは、どんどん追いついていこうと思っていました。」

――村澤選手にも勝ちましたが
「今回はあまり調子が良くなさそうだったので。」

――襷を渡すとき福田選手に何て声をかけましたか?
「何か、一言声をかけたと思うのですが、ちょっと忘れてしまいました。」

――襷を渡した後、倒れ込みましたが?
「キツかったです。力を全て使い切りました。」

――佐藤選手には何か言葉をかけましたか?
「『いいよ、いいよ』 と言いました。」

――レース中の監督の指示は?
「車で隣を通ったりはしてたんですけど、いつもそこまで指示は出されなくて、『行って良いよ』くらいの感じでした。」

――出岐さんのコンディションはどうでしたか?
「走る前は、足(アキレス腱)を痛めてたりして、不安だったんですけど、走りだしたら関係なかったです。アキレス腱についてもレースに影響なく大丈夫でした。レース後も、まぁ大丈夫です。」

――気象条件はどうでしたか?
「走りやすかったと思います。」

ーコースでキツかった所は?
「ラスト2、3キロですね。」

――区間賞獲得した自身の走りは?
「100点満点の走りでした。」

――チームは出岐選手で3位まで上げて、最後は5位で粘りましたが?
「みんなでとった5位だと思います。他の選手も、今までと違って区間一桁で繋げる区間も多かったので、来年に繋がる駅伝だったんじゃないかと思います。」

――箱根を迎えるまでに辛かったことは?
「全部ですね。生活面は辛かったです。」

――箱根が終わりましたが、何がやりたいですか?
「色々食べたいです。あとは、休みたいです。」

――今年度を振り返ってみて、どうですか?

「今年一年、前回の箱根が終わってからというのは、自分の中で1番大きく成長できた一年でした。本当に色々な大会に出ることができて、そこで結果も出すことができて自信になりました。」

――区間賞を取りましたが来年度の目標は?
「2区で66分台を目標に頑張ります。」

――応援してくれたファンの方々へのメッセージをお願いします
「たくさんの人達にいつも応援して頂いて、支えになっているので、これからもよろしくお願いします。ありがとうございました。」

――卒業する四年生に向けて何かメッセージをお願いします。

「走った川村さんをはじめ、唐沢さんは特に寮長として、四年生がいなかったら走る環境自体がしっかりしないというか。四年生がいてくれたおかげで、自分達が箱根駅伝を目指して普通にやれる環境ができたんで、感謝しています。四年間お疲れ様でした。」

――最後に、びわ湖マラソンに出るという話がありますが?

「今の所は出ると思います。状態を見ながら、監督とかと話し合って決めます。」

1区・佐藤研人選手コメント

――当日の朝は
「高校の時に全国駅伝とか走ってはいたんですけど、やっぱり箱根駅伝は世間でもかなり注目されているので、緊張しました」

――前日は寝られましたか
「20時半にはベッドに入ったんですけど緊張してきて、寝たのは22時くらいですね」

――調子は
「3、4日前までは足が重くて、大丈夫かなぁと思っていました。でも徐々に状態が上がってきて、良い状態で迎えられたと思います」

――レース展開は
「前回も早大の大迫さんが飛び出して、その時はだれも付いていかない展開だったんですが、今回はみんな付いていくと思っていました。思っていたよりもハイペースになって途中からきつくなった。ある程度しっかり粘って走れて、よかったかなと思います」

――最後は5人くらいに固まることができたが
「あのハイペースのままではいけないとわかったので、集団にいるときは我慢しました。最後12位集団からしっかり抜け出して、出岐さんに1秒でも早くタスキを渡そうということを考えて走りました」

――監督からは
「ハイペースになるだろうと言われていたので、『それでも動揺しないで入る』ということと、あとレースは走ってみないとどういう展開になるのかわからないので『自分の判断でしっかり走れ』と言われました」

――一番大変だった所は
「終盤にある六郷橋がポイントとなるんですけど、その10~15㌔あたりが一番きつかったです」

――自身の区間順位について
「トップから1分以内で出岐さんに渡そうと思ったんですけど、それができなくて区間12位だったのは残念でした。でも最低限1分半以内、出岐さんが前を追っていける範囲で渡せたことはよかった。来年につながる良いレースができたと思います」

――タスキを渡すとときに何か声をかけましたか
「頑張ってください、と言いました」

――アンカーを迎える時の心境は
「テレビに映ったときには3人の固まりで、どうなるのかなと思って見ていましたが、大谷さんはスピードがあるので最後やってくれるだろうと思っていました」

――青学大のタスキをつないできて
「出雲・全日本には出場したが良い結果は残せなかったので、今回良い結果になって本当によかったです」

――箱根駅伝までで辛かったエピソードは
「夏合宿です。一番きつくて、距離を踏む練習が多かったので、身体的にも精神的にも大変でした。夏合宿を乗り越えることができたというのが、自信になって今回につながったのかなと思います」

――今年度は今大会でほぼ終わりですが振り返って
「ずっと箱根駅伝でしっかり走って結果を残すことを目標としてやってきていたので、個人的にもチームの総合順位も良い結果で終わることができてよかったです」

――卒業する4年生へ
「人数が少なくて、監督から『4年生はいないものと思え』というような厳しい言葉を言われていたのですが、最後まで自分たちを引っ張ってくれて頼りになる先輩たちです。今までお疲れ様でした、という気持ちでいっぱいです」

――応援してくれた方へ
「青学の旗がいっぱいあって、声援が力になったので、”青学の力”を感じることができました」

3区・福田雄大選手コメント

――大谷さん5位でゴールしたときの気持ちは?
「昨年度は9位ということで、大躍進できて嬉しかったです。」

――三区で襷を待っているときはどういう気持ちでしたか?
「もらった3位の位置のままで次の走者に絶対渡してやるっていう気持ちでしたね。」

――どのような目標を設定していましたか?
「良い流れで来ると思っていたので、流れを崩さないで走るっていうのが目標でした。タイムは特に決めていませんでしたが、区間5位以内が目標でした。結局、区間順位は良くなかったです。」

――レースの戦略はありましたか?
「監督から事前に、始めは下り坂の多い区間なので、そこで力を使い過ぎずに、後半の海沿いの平坦な所から勝負だと言われたので、自分もそのつもりで後半に力を残す感じで走りました。」

――遠藤選手には何て声をかけましたか?
「3位という結構上の位置で、遠藤は初めての駅伝っていうこともあったので、『落ち着いていけ』って声をかけました。」

――出岐選手からは何か言われましたか?
「はっきり覚える訳ではないですけど、『頼んだぞ』みたいな感じで言われました。」

――レース中に監督に指示は受けましたか?
「監督は『始めは落ち着いていけ』って言ってました。」

――レースコンディションはどうでしたか?
「涼しくて、走りやすい天候だったと思います。自分自身の調子は、良い方だったと思います。」


――3区のキツかった場所は?
「遊行寺の坂を下って、その後の登るところが、キツかったです。」

――自分の走りの点数は?
「70点くらいです。」

――途中で油布選手が追いついてましたが?
「後との差はわかってなかったんで、もうちょっと早く追いついてくると思っていました。実際は結構遅めに追いつかれて、逆に余裕が出た感じがあったので、焦りとかよりも良かったと思います。」

――総合5位については?
「だいぶ駅伝では上の方にこれたので、来年は優勝を目標にできたらなと思います。」

――二年生が四人今回出走しましたが、このことに関しては?
「昨年度は自分だけしか走れず、今度は二年生四人箱根駅伝で走るっていうのを目標に二年生で立てていたので、そういう意味でも四人メンバーに入れて本当に嬉しかったです。」

――箱根までに辛かったことは何かありますか?
「夏に故障をしていて、夏合宿は箱根を走る上で大事な時期なんですけど、そこを走れなかったのが、辛かったです。自分にとってはマイナスのことでした。」

――箱根が終わったということで、何をしたいですか?
「おいしいものを食べたいです。実家には帰ります。」

――今年度一年を振り返ってどうですか?
「この一年間箱根を目指してきていたので、良い結果を残せて来年度に繋げていけると思います。」

――応援してくれた方々へのメッセージをお願いします。
「応援があって、この結果を残せたと思うので、本当に感謝しています。ありがとうございました。」

――四年生に向けてのメッセージをお願いします。
「四年生の方々には今まで色々お世話になっていて、これで卒業というのは悲しいですけど、四年生が抜けても今度は自分達が引っ張って行く気持ちでやるので、安心して見守っていて下さい。」

4区・遠藤正人選手コメント
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――当日は
「実感がなくて本当にこれから走るのかなという気持ち。チームみんなでこの1年間頑張ってきたので、自分の持てる力を全部出そうと思いました。前日はぐっすり寝られました」

――レース展開は
「3位でもらったんですけど、後ろの選手が持ちタイム28分台の強い選手だと分かっていたので、前半は自分の良いペースで入って、追いついてから粘って付いていこうと考えていた。最後は離されちゃったんですけど、だいたい予定通りの走りができました」

――監督からは
「良い位置に来ていたので初めに突っ込んで入っていこうと言われました」

――コースで大変だった所は
「ラスト3㌔できつくなってしまって、ペースが落ちたのできつかった」

――4区に決まったのはいつ頃
「12月中旬くらいで本番の結構ギリギリです。一応6区の候補だったんですけど、竹内が強かったので自分には4区しかない、と。練習の16㌔タイムトライアルしっかり走れていたので、4区なら監督も使ってくれるというのがあったので狙いました」

――区間順位に関して
「目標は区間6番以内だったので、70点くらい。最低限の走りです」

――5区に渡すときは
「声をかける余裕はなかったので、背中を少し押しました」

――青学大のタスキをつないで
「絶対ミスはできない、求められている水準では絶対走ろうという気持ちでした」

――アンカーを迎えるときは
「嬉しかったです。さすが大谷さんだな、と思った。大谷さんとは仲良くさせていただいているので、感動しました」

――来年度は
「優勝を狙うチームとしては、まず5000㍍13分台と10000㍍28分台を目標にしていきたいです」

――今大会までの大変だったエピソードは
「自分は春から調子よくて伸びていたんですけど、8月中旬に肺が破れてしまって、手術を行いました。1カ月間何もできずほぼ寝たきりでしたね。10月中旬頃からやっと今回の練習に入れるようになったけど、そのときは8割くらいの調子。練習始めてから残り105日間だったので、集中して1日も無駄にしないという気持ちで過ごしました。16人も10人に入るのもギリギリで最後の最後に決まったので、気持ちを入れて陸上にだけ集中して。規則正しい生活を行って、当日には十分コンディションをあげることができました」

――卒業する4年生へ
「川村さんはこれから実業団で競技を続けられるので頑張ってほしいです。蟻塚さん、唐沢さんは4年生としてしっかりチームを引っ張ってくれて感謝しています。社会人になっても頑張ってください」

――応援してくれた方へ
「自分が順位を落としてしまっている中でも、一生懸命応援して下さって、本当に力になりました。ありがとうございました」

5区・小嶺篤志選手コメント

――大谷選手が5位でゴールした時は?
「正直な気持ち、ほっとしたっていうのが一番大きかったです」

――タスキを待っているときは?
「案外緊張せずに周りの人とかとも話せていて、まあ落ち着いた感じでいられました」

――目標やレースプランは?
「駅伝なんで流れがどういうところで来るかっていうことがわからないので、上で来ても下で来てもある程度想定してたんですけど、想定のなかのいいところで持ってきてくれたので、あまり突っ込みすぎず、仕事をしようとだけ考えて走るようにしました」

――タスキリレーの時かけた・かけられた言葉は?
「なんか言ってくれた気はするんですけど覚えてないです(笑)」

――レース中の監督の指示は?
「個人としては最短のコースを取ろうと思って、左カーブの時は沿道ギリギリでとおっていたんですけど、旗が何回も体に当たっていたので、中央線に寄れ、と何回も言われました」

――自分のコンディションは?
「自分の状態としては今までの箱根のなかでは一番状態のいいところまで持って行けたかな、と思います。(足の裏の状態は?)情けないんですけど、5キロくらいしか下ってないんですが、右の足がちょっと水ぶくれになっていました」

――区間順位について、またきつかった場所は?
「区間タイムとしては一年生の時よりも1分20秒くらい縮めることができたんですけど、区間順位としては一つ落としてしまって、悔しいというか力不足を感じて、反省させられました。宮下の温泉街通り越して富士屋ホテルを過ぎて左に上っていくんですけどそこの勾配がすごくて、そこから啓名学園くらいが一番きつかったです」

――自分の走りは何点?
「75点ですかね」

――5位という結果については?
「今のチーム状況を考えれば100点近い点数がもらえる、というふうに思ってます」

――箱根当日までつらかったことやエピソードは?
「夏合宿は全体的にずーっときつくて、特に今年一年通して自分の中で去年箱根終わった後から監督に「お前が来年箱根駅伝を走っている姿を想像できない」というふうに言われ、自分でも状態が悪いことはわかっていたしそれを少しでも改善しようとして、治療や練習内容に気を使ったことが一番つらかったです

――終わって今何が一番したい?
「飲みたいです(笑)」

――シーズンを振り返って
「全日本を走らせてもらって、チームの足を引っ張ることしかできず、箱根でもチームに貢献した走りはできなかったんですけど、一応チームが5位でゴールすることができたんで、終わりよければすべてよし、と自分のなかではしたいと思っています」

――ファンへメッセージ
「ファンいるんですか!?(笑)本当に皆さんの応援が力になったと思います。本当にありがとうございました」

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