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―現在の心境を教えてください。
やっぱり悔しいです。学生日本一にはなれたけど、社会人に勝って日本一になることが目標だったので。でもライスボウル後に「来てよかった」「感動した」と言ってもらえたり、友人が泣いてくれたりして。そういう風に会場で言ってもらうのは初めてで、今でも鮮明に覚えているくらい嬉しかったです。 

―昨年の今頃は何をされていたんですか?
主将になることが決まって、4年生を中心に話し合いをしていました。まず関西で勝つにはどうしたらいいのかを話し合い、10カ月後の立命大戦に勝つためのプランを組み立てていましたね。そして「愛されるチームになること」を全員で決めました。「フットボールで日本一になるだけではダメ。勝つだけのチームは嫌や。全員が人として、社会に出ても恥ずかしくない人間になろう」と。今すぐにでもそういうチームになろうと決めました。そして1月中旬くらいにスローガンを「ALL GRIT」に決めました。


―今年は基礎トレーニングに重点を置いたそうですが、オフシーズンはどんな練習をされていましたか?
2、3月は「トレーニング部か!」っていうくらいトレーニングばかりしていました(笑)。筋力、肺活量、あと山を走って馬力を付けたり…フットボールに使う基礎をつけていきました。防具を付ける練習は少なかったですね。実は春の試合が始まってからも走り続けていました。トレーニングの期間は長かったです。


―春には1年生もチームに加わりました。下級生にはチームの方向性をどのように伝えましたか?

「下級生だから」というのはなくて、今年は1年生にも上級生と同じことを要求しました。自分が1年生だった時、1年生扱いをされるのが嫌だったんです。だから「下級生だからいいよ」とは今年は言わなかった。


―下級生のモチベーションを保つのは簡単ではなかったと思うのですが。
そこが4年生の腕の見せ所というか。4年生がやるべきことをやるのは当たり前で、しんどくても絶対に顔に出さないようにしていました。自分たちもしんどいんですけど、「気持ちでやれ!」と言って、後輩の横について支えたり…。厳しい要求をしている分、4年生が引っ張ろうと。最初は、自分に負けて下級生を支えられない4年生もいました。だから4年生にはいつもミーティングで思いをぶつけていました。


―チームのまとまりを実感したのはいつですか?
やっぱり最後の最後ですね。ライスボウルで、やっと高いレベルまで来れたかなと思いました。


―2011年度の4年生はどんな学年ですか?
他の代に比べてもすごく仲がいい学年です。その反面で、腹を割って話し合うところに踏み出すまで時間がかかりました。


―4月からはファイターズデーや清掃活動といった活動をされました。活動のきっかけは何でしたか?
「愛されるチームになること」を考えるうちに「やろう」と声が上がりました。ファイターズデーは初めての試みでしたが、MGRの発案でやることになりました。また、学校近隣の方にはお世話になっていると同時に迷惑を掛けていると思い、当たり前のこととして清掃活動を行いました。おそらく学校周辺を汚しているのはほとんど関学生ですし。


―フラッグフットボール普及活動も引き続き行われていました。
主に2、3月に行いました。やっぱり自分たちはフットボールが好きだから楽しさを伝えたいし、近隣の小学生が試合を観に来てくれたらいいなという思いがありました。


―このような活動に対して、やる意義を見い出せない人もいたのではないでしょうか。

初めは「なんでやるんやろう」と思っている人もいました。やること一つ一つの意味をみんなに理解して欲しかったので、その都度ミーティングを開いて一つ一つ噛み砕いて説明して、意識を共有していました。


―様々な活動をされるうえで大変だったことは?
スケジュールを決めるのが大変でしたね。活動と同時にパート別に練習もあるので。「このパートはこの時間フラッグに行けない」とか言い合って、会議室にこもって決めていました(笑)。4年生として、この大人数を動かすのは大変なんやなと実感しましたね。


―ところで、「ラウンジで部員が寝ていたら、松岡さんが注意しに飛んで来る」という話を聞いたのですが、本当ですか?
なんで知ってるんですか(笑)。ラウンジで部員が寝ているようなチームは、自分たちが目指している方向性とは違うので。違う事をしているならはっきり注意しました。


―規則の面では2011年は厳しかったのですか?
そうですね。今までは、どうして守らないといけないのかはっきり説明できないルールがあって。そういう変に厳しいところはなくしました。代わりに、自分たちで決めた方向性に沿うルールについては説明して、納得させて絶対に守るというスタイルを貫きました。





―今年の春シーズンは例年より多くJV戦が組まれましたが、その意図は何だったのでしょうか。

3年生からも希望があったし、春のうちに色んな選手に経験を積ませたかった。学生からコーチに「JV戦を増やしてほしい」と言いました。秋シーズンになってから身にしみたけれど、ライスボウルの1Q15分の試合を戦い抜くには下級生やJVの選手の力が必要不可欠なんです。秋の初戦は試合に出られなくても、シーズン終盤では活躍できるように経験を積ませました。同じ目的で今年は紅白戦もやりましたね。結果としては良かったと思います。秋に成果を実感できました。今振り返ってみると、2、3番手の層がすごく厚くなったと思います。二番手の選手が立命大を止めているのを見て、上手くなったなと思いました。


―今年も鉢伏で夏合宿が行われました。ご自身にとって最後の合宿はどんなものになりましたか?
今は「もうちょっとできたかな」とは思います。良くも悪くも忘れることのないものになりました。かねいちやという場所でやることに意味があると思います。合宿の最後にオフェンス、ディフェンスに分かれて3本勝負をするのですが、これが試合以上に緊張するんです。ライスボウル以上に緊張したと思う。それで最後に大西がフィールドゴールを一本蹴るんですが、外したんです。自分たちが「まだまだ」だということを思い知らされて帰りました。外した時の大西の顔は今でも覚えています。いつも物を言わないのに、いらいらしているように見えました。





―迎えた秋リーグの初戦は、同大戦。納得の出来ではなかったと言っておられましたが。

春、夏の成果を全部見せようといっていたのに全然だめでした。サイドラインも全力じゃないし、ミスが多い。今までのトレーニングの成果をやっと出せる日がきたのに出せなくて、悔しかった。そんな内容に終わったのが嫌でした。


―秋リーグ開幕と同時に松岡さんが試合復帰されましたが、一プレーヤーとして秋シーズンを振り返ってみていかがですか?
1人のプレーヤーとしては最悪でした。スピードが出なかったな…。思いっきりやれていたのか疑問です。守りに入っていたというか無難なプレーを選んでいたかなと思います。プレーヤーとしては納得のいくシーズンではなかったです。


―プレーヤーとして、一番良かったシーズンはいつですか?
2年生の時期ですね。1年生次はなんだかんだで出してもらったけれど、2年の春にスランプになって…。RB5番手くらいになっていましたね。秋には3番手くらいで、後半の試合ではスタメンになりました。こういう経験ができたのでプレーヤーとして大切な時期だったなと思います。


―リーグ戦で試合を重ねるごとに、チームが成長している手ごたえはありましたか?
強くなっていると思ったことはないです。僕は毎日みんなを見ていたので。毎日「これじゃだめだ」と思っていましたね。


―チーム始動当初から照準を定めていた最終節・立命大戦。振り返っていかがですか?
予想外に点差が開きすぎてびっくりしました。後でビデオを見ると、悪いところが結構ありましたね。本当に2時間半を本気でやれたのか?という疑問が残りました。


―関立戦への思い入れはありますか。
毎年立命大戦で成長できたと思います。3年生次の立命大戦では、最初のプレーでファンブルして。いつもなら「うわ…」となっていたと思うんですが、「次!」とふっ切ることができました。「勝てばいいんだ」と思ってやれましたね。気持ちの成長を感じました。今年も、周りを見ることができるようになったと実感しました。最後まで気持ちを抜くことなく、周りに発信できたと思います。チームとしても、始めに一気に力を出して、流れをもってくるチームになれたと思います。


―前半に大量得点し、流れをもってくるのが今年の必勝パターンという印象ですが。
今思えば、今年のチームはそうやったんやなと思いますね。途中で逆転される試合がライスまでなかったですね。







―ライスボウルの後半戦で、2011年チーム初の逆転を味わいました。

予想はしていたので「やっぱりきた!」という感じでしたね。想定内だったけれど、みんな悔しそうでした。前半は2TD差以内に抑えようと言っていたんですが、予定よりうまくいって。相手に火を付けてしまった、本気にさせてしまったなと。ハーフタイムで「絶対逆転してくるぞ」と言っていたんですが、抜かれた時は少しは動揺したんじゃないかな…。第4Qでシーガルズがエースレシーバーの木下選手をメインターゲットに、攻め方を変えてきて、そこからもっていかれましたね。第4Qは完敗でした。今の僕たちでは、もう一回試合しても勝てるとは思えないくらい。


―ライスボウルで後悔はありますか?
逆転された時に、全員に声をかけたかったですね。一年間、気持ちと言葉でチームを引っ張ろうとやってきたので。それをみんなに伝えたかったです。


―ご自身のキャプテン像についていかがですか?
今までの主将と同じことをしていてはだめだと思っていました。身体は小さいし、オーラもないですし。自分が一番目立たないとと思って、自然と声出しなどしていましたね。


―具体的な活動を行っていた春とは違い、秋リーグ開幕以降は、試合を見てもらうことによって「愛されるチーム」を目指していました。その点で意識していたことは何ですか?
勝利への思いを全面に出す試合をして、応援して下さる方への感謝の気持ちが自然と伝わればいいなと思っていました。理想のチームに近づくためにやれることは全部やろうと決めていたので、サイドラインの迫力にこだわっていたのは、その一つですね。ベンチでも、プレーでも、一人でも見ている人に「おっ」と思わせたら勝ちです。全員でその意識をもっていました。


―今年は試合後にファンの方へお礼の言葉を言う姿が印象的でした。
お礼を言いたかったから自然と言っていました。特に立命大戦、甲子園ボウル、ライスボウルではあんなに大勢のお客さんがきてくれて、本当に力をもらいました。心の底から嬉しかったです。声援のおかげで持っている以上の力を出せた人もいました。


―2011年シーズンを振り返って、ベストゲームは?
ライスボウルです。試合前のハドルでみんなの顔を見て、「こいつら今日はやるな」と思いました。ハドルでの話も、一年間を思い出してつい長くなってしまいましたね。どれだけ点が離れても気持ちを切らさずプレーできていたし、このチームでやっていて良かったと思いました。


―印象に残っているプレーはありますか?
一つ一つ鮮明に覚えているので難しいですね。特に印象に残っているのは、OLの両タックルの田渕、友國が何度も対面の外国人選手に勝っていたことです。ずっと信頼して一緒にやってきたOL谷山、濱本もしっかり押せていました。このOLの姿は忘れないです。ディフェンスも、一年を通してフットボールの根本をやり続けてくれて、尊敬しています。あとWRのブロックも一年を通じてしっかりしていました。今年のWRは目立たないところで活躍してくれたのが印象的です。立命大戦にしても、梅本、小山、松田、南本のブロックがあって和田俊亮が活躍できた。QB畑も、OLのブロックあっての活躍だったと思う。全部繋がっていますね。


―2011シーズンで勝てた理由は何だと思いますか。
今年はJVがすごかった。ビデオを見て、相手のくせやシステムを真似して練習台になってくれた。彼らがあってこそのVメンバーでした。JVが強く、本気でやっているチームは絶対強いです。今年は本当によく研究してくれていました。


―3年間、甲子園ボウル出場を逃しているというプレッシャーはありましたか?
一切なかったですね。この一年だけを見ていました。そう言われることもあったのですが、言われたからといってやることは変わらなかったです。


―今年は鳥内監督が「言いたいことは全部松岡が言ってくれている」と言われていたのが印象的でした。
鳥内監督、大村コーチには本当にお世話になったし、思いもたくさんぶつけてきました。そう言ってもらえたのは嬉しいです。監督が言われる「部活が人間形成の場である」ということを、僕らなりに噛み砕いて周りに伝えました。春からずっと「一人前の人間になれ」という言葉を軸にしてやっていたし、目指すところは同じでした。


―2012年はどんなチームになりそうですか?
下級生から試合に出ている選手が新4年生に多いし、スター選手がたくさんいて期待は大きいと思います。今年の経験もあるし、えげつないチームになるんじゃないかな。逆にえげつなく弱くて、後悔するチームになる可能性もあると思う。大丈夫だとは思うけど、「俺はすごい」と思ったら負けだということを忘れないでほしいです。


―最後に、後輩たちにメッセージをお願いします。
プレッシャーをかけたくないけど、ライスボウルで勝てるチームになってほしい。後悔のないようにというのは難しいけど、やりきってほしい。今日の一日も、ライス前日の一日も一緒。一日一日を戦ってほしい。戦い抜いて、日本一になってほしいです。


■松岡正樹(まつおか・まさき)H1・12月5日生。経済学部4年生。関西学院高等部出身。RB(ランニングバック)。168㌢・74㌔。2011年度主将。背番号7。

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