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193号1面より(2006/11/21発行) 山岳部
未踏峰パンバリ・ヒマール踏破!!

 未踏峰の頂、ネパールのパンバリ・ヒマール。標高6887㍍のこの山の登頂に中島健郎(理4)が見事成功。25日間にも及ぶ登山期間の先には、感動の景色が待っていた。
 9月29日、山岳界の歴史に名を刻んだ男がいた。山岳部、中島健郎。彼は未踏峰であるパンバリ・ヒマールの登頂に成功したのである。

挑戦

 中島は全国の学生から5名選出されたヒマラヤ遠征隊の一員として参加。しかも関西から選出されたのは彼のみであった。登頂のための準備は、昨年12月から始まった。合同合宿を行い、体を少しでも山の高度に順化させるため、富士山の登頂を8回行ってきた。日本の山に氷河はないが、パンバリ・ヒマールは氷河や雪に覆われた山。そのため国際山岳ガイドの人から技術指導を受け、どんな状況にも対応できるよう、準備を整えていった。しかし彼自身、富士山への登頂が最高であり、しかも未踏峰への挑戦。抱えた不安は少なくなかった。だが、このチャンスを前に迷いはなく、中島は一年間の休学を決意。未踏峰への挑戦を決めた。

 そしてついに9月7日、ヒマラヤ遠征隊の挑戦が始まった。頂上に至るまでには、ベースキャンプ、それからキャンプと呼ばれる基地を3ヶ所経ていく。まず2週間かけて歩き、ベースキャンプ地に入った。5名の隊員たちは、基本的に2パーティに分かれて登っていく。未知なる道を切り開きながらルートを延ばしていく工作隊は、スピーディーに上を目指す。そして重量のある物資を運ぶ荷上げ隊がそのあとに続く。ベースキャンプからは氷河と雪に覆われた道。隊員たちは、命綱をつなぎ、自分の命を預け合い、進んでいく。極限の寒さの中、幾つもの苦難と試練が彼らを襲った。天候が安定せず、モンスーン(季節風)の影響で雨や雪が降る日が続く。新雪が積もると、圧雪しなければ進めない。迷路のようなアイスホールも隊員たちの行く手を阻んだ。また8㍍もの深さの氷河の割れ目にも落下。脱出できたものの、これは絶対絶命の危機であった。さらに呼吸も腹式呼吸。ただ息をすることさえも辛い。しかも高所になればなるほど、血液の循環をよくするため、水分も多く取る必要がある。しかし水も、雪を溶かし自ら作らなければ摂取できない。5300㍍辺りからは高山病が中島を襲う。酸素が脳に回らず、頭痛や吐き気が彼を苦しめる。「もう無理ちゃうかな」。この言葉が幾度も中島の頭をよぎった。しかし何度もあきらめかけた彼を救ったのは、彼のただ「登りたい」という純粋な想い。そして何よりも励まし合い、どんな困難もともに乗り越えてきた隊員の存在だった。着実に彼らは一歩一歩前進していった。最終アタック3日前にはモンスーンも明け、天も味方につけた。

 奇跡

 9月29日9時40分。遂に彼らはパンバリ・ヒマールの頂に登りつめた。前人未踏の地。人生の中で一番高い場所に立っているんだ、そんな気分に浸った。皆は叫び、抱き合い、涙した。眼下には中国やチベットのかなたまで望める絶景が広がっていた。自分たちが歩いてきた道が見える。「やっと着いたんや」。彼の目からは涙がこぼれていた。立ちはだかる壁が大きかった分、達成感もひとしおだった。

 「奇跡」。中島は今回の25日間に及ぶ登頂をそう語った。彼の惜しみない努力、巡りめぐった「運」、そして隊員たちの絆。全てがうまく重なり合い、初めて叶った奇跡の登頂だった。(高橋恵子)