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192号1面より(2006/9/25発行)
 夏の風物詩といえば高校野球。今夏も甲子園球場は大いに沸いた。今年、私は初めて甲子園へ行き、毎日のようにアルプススタンドに通った。生で見た高校野球の興奮は一言では表わせない。照りつける太陽の下、繰り広げられる熱闘、声を枯らすアルプスの応援団、観衆のどよめき。甲子園の熱気の中で、この部活に入った当初の自分がよみがえった▼スポーツ記者になりたい!そんな夢を持って入部した編集部。この2年半、私は様々なスポーツや選手と出会い、憧れの記者体験をしてきた。しかし「伝えたい」という想いと裏腹に、うまく言葉にできないもどかしさ。誰もが興味を持つわけではないスポーツ新聞の現実。そもそもスポーツを伝えることに意義があるのだろうか―。つきまとう疑問の中で、いつしかスポーツ記者という夢は消え去っていた▼今年の高校野球で特に印象に残った場面がある。八重山商工―千葉経大付戦。同点の8回裏、千葉経大付が2点を勝ち越し、八重山アルプスは大きなため息に包まれた。その瞬間、「試合はまだ終わってないぞ!」そう叫び、一人の若者が駆け出したのだ。「そうだ!」観衆が一人また一人と立ち上っていく。エイサーの演奏が始まると、アルプスは一体化していた。そして、奇跡が起こる。9回表、八重山商工は執念で同点に追いつくと、延長10回表ついに逆転。劇的勝利を飾った▼「この身震いするような感動を伝えたい」。心からそう思った。最後まであきらめなかった球児たち、勝利を祈り続けたアルプスの応援団。立ち止まってしまえば、何も始まらないことを彼らは教えてくれた▼また、アルプススタンドにはもう一つ忘れてはいけないものがあった。それは「伝えたい」と奮闘する人たちの姿だ。応援団を丹念に取材し、何かを伝えようとする記者。彼らもまた、甲子園のドラマを彩っていた▼私も何かを伝えたい―。高校野球が私に、忘れかけた夢を思い出させてくれた。すべての人に等身大のスポーツの感動を伝えることはできないのかもしれない。それでも私は、「伝えたい」。私なりに、ありのままのスポーツの感動を。(福島早知子)