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193号1面より(2006/11/21発行)
 「何よりも、支えてくれた人たちに感謝したい」。レポーターにマイクを向けられたスポーツ選手からは、こんな言葉が頻繁に聞かれる。苦しい日々を乗り越えたアスリートほど、まず述べるのは周囲の人々への感謝の気持ちだ。支え、励ましてくれる人がいることの幸せ。だが、それは慣れてしまうと「当たり前のこと」となり、陰に潜んでしまいがちだ▼「当たり前のこと」への感謝の気持ちを、私が強く感じるきっかけとなった出来事があった。大学1年生次に、初めて発展途上国であるカンボジアを訪れたときのことだ。独裁的なポル・ポト政権による虐殺で、多くの人々が犠牲になった痛ましい歴史を持つ国。今なお地面に残る人骨や、地下に無数と眠る地雷からも、悲惨な過去がうかがえる。そんな地で、特に私の胸を打ったのは、スラム街に住む子どもたちのまぶしいほどの笑顔だった。窓も戸もないテント住まい。食さえままならない貧しい暮らし。それでも子どもたちはささいなことに幸せを見つけ、感謝の気持ちを忘れない▼食や物で溢れる豊かな国に生まれた私には、次々と欲望がわき起こる。そしてそれが満たされないとき、不平・不満さえ募る。そんな状況を当然としてきた私に、カンボジアでの体験は気付かせてくれた。当たり前だと思っていた生活は、いかに満たされたものであったか。そして何より、自分にとっての「当たり前のこと」が、感謝すべきことなのだと―▼アスリートが皆口をそろえる理由、それは困難を乗り越える際の周囲の支えを、「当たり前のこと」としてとらえていないからだろう。家族、友達、恋人、ペット。それらすべてが要素となり、日々「私」がつくられている。辛いときには励まされ、おのずと私の活力となる。意識する機会は少ないが、これは決して当たり前ではない幸せなのだ▼当たり前などというものは何ひとつない。そう心にとどめておけば、淡々と過ぎる日々の中に、たくさんの小さな「ありがとう」が潜んでいることに気付く。どんな状況下でも、人の温かさをひしと感じられ、素直に感謝できる―。そんな人に私はなりたい。(中山紗智子)