199号1面より(2007/12/10発行)
中高6年間陸上に打ち込んでいた私が、大学に入り初めてトラックを離れた。代わりに選んだのは、この「編集部」という場所。色々なスポーツに関われることにわくわくする反面で、陸上をあきらめ切れない自分もいた。「走りたい」。そうして迎えた1年生の秋、目の前で同学年の選手が関西学生新記録を樹立した。記者として冷静に見なければいけないと思いながらも、感動と羨望で泣いてしまったのを覚えている。けれどその時初めて、私の「走りたい」は「この人の記事を書きたい」に変わった▼それからはや3年が経ち、私たち3年生はこの新聞を最後に引退を迎える。思い出はもちろん、楽しかったことばかりではない。「伝えたいこと」と「伝えなければならないこと」のギャップに、苦しんだこともあった。本当に書きたかった記事の担当ができなくて泣いた。新聞を作るための営業じみた広告の仕事に嫌気がさしたこともある。それでも編集部で過ごした3年間は、私にとってかけがえのないものだった▼自分が書いた記事に対する感謝の言葉。引退試合の後、握手をしに来てくれた主将さん。日本一を逃した選手の悔し涙。一つ一つの出来事がとても思い出深く、私の原動力となった。「もっとこの人の、このチームの力になりたい」。そう思った。と言っても、私にできることは少ない。だから記事を書くことで、せめてもの恩返しを。もらったものに対して返せるものは少なすぎるけれど、きっとそれが彼らの力になると信じて▼けれど、もう記事を書くことはない。大好きな部が、選手が活躍していても、記事にすることはできない。全力で駆け抜けた3年間は、本当に一瞬だった。記者として私は、感動を伝えることができたのだろうか。この小さな文字に、思うことすべてを込めることができたのだろうか▼今まで、本当にたくさんの人に支えられてきた。生意気で、礼儀知らずで、型にはまりたがらない私を、受け入れてくれた人たち。思うことはたくさんあるけれど、伝えたいことはたった一つ。最後にこの文章に込めた精一杯の「ありがとう」が、どうか伝わりますように。(丸山夏季)