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201号1面より(2008/6/9発行) 山岳部
世界初!!未踏峰の頂に立つ

 3月15日、午前10時35分。ヒマラヤ山脈の未踏峰ディンジュンリの頂に2人の男が立った。隊長・中島健朗(理卒)と隊員・山本大貴(社3)である。関学山岳部に新たなる歴史が刻み込まれた瞬間だ。

2人の決意

低迷が続く山岳部復活のために、中島と山本は賭けにでる。彼らは未踏峰ディンジュンリの登頂に挑戦することを決めたのだ。ネパール政府が2002年に登山を解禁したディンジュンリ。中島は昨年もこの山の登頂に挑戦していた。しかし山頂を目前にして、体力面や登山ロープ不足から惜しくも断念。今度こそディンジュンリに登りたい。中島はリベンジに熱く燃えていた。  再挑戦のための準備は着々と行われた。ヒマラヤ上層部は氷河や雪で覆われている。そのため長野県の八ヶ岳で合宿を行い、雪山での登山を訓練した。さらに登山費用を得るため募金活動を行った。2人だけでの準備は負担が大きかったが、登るための努力は惜しまない。頂上からの光景を夢見て、彼らは万全な準備を整えた。そして2月27日、ヒマラヤへと出発した。

夢見た景色

 3月8日、彼らは現地の案内人とコックを率いてディンジュンリに足を踏み入れた。そして昨年と同じベースキャンプ地(4950㍍)に入る。平地でキャンプに適したこの地にテントを張る。高い標高に少しずつ体を慣らし、数日間にわたり上部のルート工作を行う。その間コックが作る食事で栄養をつけ、これから始まる戦いに向け力を蓄えた。  3月14日、彼らはアタックキャンプ(5435㍍)を決める。頂上までの最終キャンプだ。翌日、彼らはこの地点から頂上を目指すことになる。見渡す限り銀世界の中、2人だけの戦いが始まった。山頂へ近づくにつれ、それまでの道とは違い傾斜が厳しくなる分、登りにくくなる。落石などが行く手を阻み、恐怖が彼らを襲う。だが「登りたい」。ただその気持ちだけが彼らを動かしていた。頂上まであともう少し。天候にも恵まれ、これまで大きな危険も無く進んできた。しかし、山本にとっては初の海外アタック。標高が上がるにつれ、高山病が彼を襲い始める。酸素が脳に回らず、激しい頭痛と吐き気が彼を苦しめる。そんな中、山本は自分自身と戦う。「登山は頂上に登れたら勝ち、登れなかったら負けだ」と山本は上を目指し続ける。そんな山本を、昨年もこの山に挑戦し、経験豊富な中島が精一杯リードする。彼らは一歩一歩確実に前へ進み、ついに未踏峰ディンジュンリの頂に足を踏み入れた。まだ誰も見たことのない景色が目の前に広がる。すごい—。彼らは絶景を目にしっかりと焼き付けた。「やっと頂上に着いた」。わき出る達成感を胸いっぱいに感じ、2人は堅く握手を交わした。

秘めた情熱

 日本で彼らを待っていたのは、数々の祝福と称賛の声。メディアにも取り上げられ、2人は改めて自分たちが成し遂げたことの偉大さを実感する。新入部員も3名加わり、関学山岳部は復活への兆しが見えてきた。輝かしい功績を残した2人。しかし山本は「中島さんに登らせてもらった」と謙虚な言葉を残した。冷静に見える表情の裏側にあったもの。それは熱い精神と負けず嫌いの闘志だった。中島が卒業した今、次は山本が隊長として部を引っ張る。彼は頂に立った者にしか味わうことのできない絶景へと、部員を導いていくだろう。(村田佳奈美)