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 我々の取材に答える入江の表情は、ようやく肩の荷から解かれた解放感をたたえていた。9月5日、東京辰巳国際水泳場。その日は、関西学院大学水上競技部競泳パートにとっての集大成の場、インカレの最終日であり、入江ら4年生引退の日であった。
 幹部が交代してからの一年、入江は主将として何を思いチームを引っ張ってきたのか。関学スポーツは、現役最後のレースを終えた直後の入江からその胸の内を聞くことが出来た。「今だから言えること」を。



「毎年強い関学になる」
今のままじゃ勝てない

IMG_0089m.jpg  大学スポーツの必然と言えばそこまでだが、たいていの部の方針は毎年その一番上の代によって変わる。しかし、その文句はいわゆる「強い大学」には通用しない。関西の競泳界で常勝を誇る近畿大学は、毎年スポーツ推薦入学で超高校級のスイマーを確保している。それは関東の大学も然り。全国にその名を馳せる大学に自然と有力選手たちは流れていくのだ。これが現時点での関学と強い大学勢との埋まらない差を生んでいる。
 入江たちは、自分たちの代をスタートさせるにあたってまず「毎年強い関学になること」を目標とした。「今までは、強い年もあれば弱い年もあった。でも今のままじゃ近大や、全国に行ったら関東の大学には勝てないって思っていた。それは和佐田(商4)とかも同じ気持ちで。俺たちの代はそのための土台になろう、と」。


「関学のネームバリューを上げる」
全国にも通用するチームの礎を作るため

 「毎年強い関学になるために必要なことはまず、関学のネームバリューを上げること。そして、そのためには全日本インカレ(以下:インカレ)で一人でも多くの選手が決勝に残り関学の名を全国に轟かす必要がある」。これまでの関学は関西インカレ(以下:関カレ)に比重を置いて、それに合わせて調整を行ってきた。しかし、今年は違った。今年の関学にとって関カレはインカレへの通過点に過ぎないからだ。事実、「男子は全員が決勝に残り130点獲得、女子は1部死守」という目標を掲げて臨んだ関カレだったが、結果はそれに遠く及ばずに終わった。「最初から関カレで結果を残すことに懸けていれば、もっと結果は出たと思う」と入江。でも、そうしなかった。それは、関西の惜しいところ止まりの現状を打破して、将来的には全国にも通用するチームの礎を作るため。今年の関カレの結果だけを見れば例年を下回る成績かも知れないが、チームのためには必要な結果であったといえる。
 「全国で渡り合う」なんて、今の関学にとっては気の遠くなるようなプランだが、いつかは誰かがやらなければいけないこと。その先駆けとなる勇気ある決断をしたのが入江らの代。ただそれだけのことだった。

 しかし、もちろんこの方針に戸惑う選手らもいた。「インカレで一人でも多くの選手が関学の名を知らしめるために、関カレに向けて調整をする暇はない」なんてシーズンまっただ中の選手らに言えるはずもなかった。だが、「もう少しきっちりその部分を伝えることができれば…」とも入江は語る。結果としては後輩たちに不満を抱かせ、高すぎる目標に自分を重ねることができず現状を分からぬまま全国を目指している選手が増えてしまった点も、反省のひとつとしてはある。
 そうして全国を意識した練習は今年から明らかにハードさを増し、特に2、3年生からは不満の声も出た。だが、そんな中でも自分のすべきことを理解し、現状を把握していた選手は関カレでも結果を残すことが出来た。そういった意味でも「ただ漠然と全国を目指すのではなく、自分の立ち位置を全員に分からせることができた。それだけでも今年は意味があったと思える」と入江。

「今の1年生が上級生になったころ
俺たちの代の成果が表れる」

 今年のインカレで関学の名が全国に轟いたかと言われれば答えは「NO」だ。全国との溝はまだまだ深く、いつ埋まるとも知れない。だが、入江ら4年生が打ち立てた方針―毎年強い関学―はすでに3年生へと受け継がれ、チーム力は今後ますます底上げされていくだろう。「そうして今の1年生が上級生になったころ、俺たちの代の成果が表れるんじゃないかな」。そう語る入江の表情はすでにOB然としていて、後輩たちへの期待に満ちていた。ただ単純に「今年の関学は結果を残せなかった」と断定するのはあまりにも早計だ。今年を境に、関学水上競技部競泳パートは新境地を迎えることができた。その最初の代の主将であった入江を、いったい誰が非難することが出来よう。主将・入江一気が部員たちに残した言葉すべてが、後輩ひとり一人の胸に深く刻み込まれ、来年以降の彼らを強くしてくれるのだ